福岡高等裁判所 昭和53年(ラ)138号 決定 1979年3月09日
抗告人
西日本エンジン工業株式会社
右代表者
櫻本春一
右訴訟代理人
真鍋秀海
同
太田武男
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一抗告人は「原決定を取消し、更に相当の裁判を求める。」旨の裁判を求め、その抗告の理由は別紙のとおりである。
二抗告人の本件申立は、抗告人が債務者亀島忠男の依頼により、同人所有の別紙物件目録記載の漁船(以下「本件漁船」という。)を修理したことにより生じた船舶の修理代金に関する船舶先取特権に基づく、本件漁船の競売並びに監守保存の申立であるところ、本件漁船が二〇トン未満の船舶であり、抗告人の右申立の当時、すでに前記債務者から第三者である兵頭榮に譲渡され、その引渡を完了していることは、本件記録により明らかである。
三そこで、本件船舶先取特権の船舶譲受人に対する追及性の有無について考える。船舶の先取特権の効力は、商法に特別の規定がない限り、民法の先取特権の一般原則に従うものと解するのが相当であるところ、船舶は法律上動産である(民法第八六条)が、総トン数二〇トン以上の船舶は、船舶登記規則の定めるところに従い登記をなすことを要するものとし(商法第六八六条)、右登記された船舶すなわち登記船については、商法はこれを不動産と同じように取扱わんとする一般的な立場をとつている(商法第六八七条、第八四八条)。したがつて、右二〇トン以上の登記船についの船舶先取特権は、民法上の登記された不動産先取特権と同様、その追及性を有するものと解すべきである。そうして、商法第八四六条の規定は、右二〇トン以上の登記船に関し第三者保護の立場から、その追及性についての除斥の方法を定めたものであつて、二〇トン未満の非登記船舶についてはその適用はないものというべきである。けだし、同条第一項は、先取特権者に対する公告につき「譲受人はその譲渡の登記をしたる後」と明定していて、当該船舶について、その所有権移転登記がなされることを前提としているものと解されるからである。したがつて、前記第六八六条による船舶登記の対象にならない二〇トン未満の船舶については、右第八四六条の適用の余地はないものといわなければならない。もつとも、本件記録によると、二〇トン未満の本件漁船についても、長崎県知事の管轄する漁船原簿に登録されていることが明らかであるが、右は前記商法の規定に基づく私法上の権利関係を公示するための船舶登記と異なり、単なる行政上の取締並びに管理のための登録に過ぎないので、右登録のあることをもつて、商法第八四六条の適用ありとすることのできないことはもちろんである。
また、商法第八四七条は、船舶には航海ごとに多数の先取特権が発生することから、その累積を避けるため、短期の消減期間を定めたに過ぎないのであつて、船舶先取特権の第三者に対する追及性を定めたものではないものというべきである。
したがつて、商法において特別の定めがなく、また、右第八四六条の除斥方法に関する規定の適用もない二〇トン未満の船舶についての船舶先取特権の追及性は、動産先取特権に関する民法の一般原則である民法第三三三条の規定に従い、第三者に対して追及性を有せず、結局、債務者が同船舶を第三者に譲渡してこれを引渡したときは、先取特権はその効力を失うものといわなければならない。
四そうすると、本件漁船は二〇トン未満であつて、債務者においてすでにこれを第三者である兵頭榮に譲渡してその引渡しも完了していることは前記のとおりであるので、本件漁船に対する抗告人の本件先取特権は、右譲渡による引渡しによつてその効力を失つたものというべきである。そうすれば、抗告人の先取特権に基づく本件漁船に対する本件各申立は、いずれも失当であるからこれを却下すべきである。
当裁判所の右判断と見解を異にする抗告人の抗告理由は採用の限りでない。<以下、省略>
(斎藤次郎 原政俊 寒竹剛)
別紙抗告理由書、物件目録<省略>